相談員の想像を超えて復活することもある。【MSWの事例紹介】

事例イラスト 事例編

【事例3】病院という場所のすごさを痛感しました。

 こんにちは、現役MSWのヒナタザウルスです。

 今回のケースは、MSW(Medical Social Worker:医療ソーシャルワーカー)である私の想像をはるかに超えた回復を見せてくださったケースです。なお、事例に関しては特定を避けるために多くの情報を変えておりますので、一部フィクションであるとご理解いただきながら、実際に自分が相談員だったらと思いながらお読みいただければと思います。

私が入職するよりも前からいた患者様で。

 今回の患者様は、私が入職するよりも前から入院していた患者様です。私が入社した後、1か月で、先輩が退職してしまい、他に先輩はいたものの、新人ながら自分が担当した科の患者様の一人でした。

 こちらの患者様(以後、Aさん)は、救急車で当院に来られたそうで、私が初めて見たときには、気管切開へチューブと酸素マスクがつけられ、退院調整などとても考えられませんでした。ただ、50代で若いということもあり、命に別状はなく、病状としては回復していきました。

 ただ、精神疾患(問題となる行動はない)もあったためか、起き上がる意欲が一切なく、寝たきりの時間が長く、ただベット上で過ごしているという印象の方でした。

 入院の期間がそろそろ長引き、退院調整に入らなければという話が出てきたのですが、私はAさんの退院調整に対して、よいアイデアが浮かばず悩んでいました。

退院調整にとっかかりとなる部分が見つけられなかったです。

 急性期病院で、自宅に帰れない患者様に対して、退院調整をする際には、やはりまずは「介護保険」で福祉サービスの導入。次に、医療行為があれば、医療区分での療養型病院。また、精神疾患での問題行動や、アルコール依存などの治療など、退院先を打診する。など、とっかかりを探します。

 ただ、今回のAさんは、私が退院調整を始めたタイミングではどれもひっかからず、退院先の目処を立てることができませんでした。そのうえで、Aさんの支援者は、年配で自身にもほかにご家族のいるお兄様だけでした。お兄様はご自宅へ引き取ることを考えていましたが、少なくともトイレは自力で行ってほしいとのことでした。

 私は、当時入社2か月目ごろであり、かなり「困ったな」と思ったことを覚えています。

みなさんに相談するしかない‼

 私は、このように退院支援の糸口を掴めない状況であることを、いわゆる病棟カンファレンスの場で、みなさんにお話しし、相談をさせていただきました。

 そのカンファレンスには、医師、看護師、リハビリスタッフ、薬剤師、栄養課スタッフなども出席し、一緒に悩んでくださいました。その中で、私の尊敬する医師が「もっと経口での食事が増えないか試してみよう。また、リハビリの時間以外でも、なるべく離床を進めよう。」などと声をかけてくださり、もう少し、本人のできることを増やし、自宅を目指していこうということとなりました。

1か月もたつ頃には。

  皆さまの熱意が通じたのか、Aさんはどんどん食事を進められ、動作も取り戻し、気づいたときには歩けるようになっていました。

 本人の意欲もなく、身体レベルもそこまで動けるようになると思っておらず、ほとんど寝たきりでの退院先を考えなければいけないと思っていた私には、同僚であるスタッフの方々が、本当にすごいなと思いました。

 その数週間後、お兄様と共に、多少の支援体制は整えたものの、歩いて退院しました。

 定期的に通院にしばらくいらしていた姿をお見かけしたときは、すごくうれしくなったものでした。

おわりに

 この事例で、私は改めて、一人の患者様の退院調整に、本当に多くのスタッフが関わっていることを痛感しました。

 私には、退院先を探すことがかなり難しいと考えていた方だったため、どのような退院先を提案すべきか日々悩んでいました。

 同僚のみなさんが高い専門性と、チームでの治療、支援につなげられた事例です。病院という職場に少ないワーカーとして、心細い状態だった私に、病院はチームであることを教えてくれた事例です。

 また、約2か月、毎週のように相談を受けていたお兄様から「ありがとう」と言っていただけたこと(この事例に関しては、私にできたことは少ないですが。)は、私のMSW人生で忘れられないものにはなっています。

以上、MSW(医療ソーシャルワーカー)ヒナタザウルスのブログでした。

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