「在宅ひとり死のススメ」を読んで

MSW関連の本の紹介

【本の紹介】今年発行され、とても読んでほしい本です。

  こんにちは、現役MSW(医療ソーシャルワーカー、社会福祉士)ヒナタザウルスです。

 今回は「在宅ひとり死のススメ」という本を読んで、思ったことをブログにさせていただきます。

 著者:上野千鶴子さん、発行所:文藝春秋さん

 この本は、上野さんの今年発行された本です。過去に紹介した「おひとりさま」シリーズに続くところもある本と言えるところもあるかと思います。個人的には本作はとくに読みやすく、また、「多動」な介護に関する制度の変動を考えると、現時点では一番紹介したいと思います。

※ 以前のブログでこれまでの2冊も紹介していたので、リンク貼らせていただきます。

   第51回 「おひとりさまの最期」を読んで

   第34回 「おひとりさまの老後」を読んで  

この本の内容に入る前に

 この本の内容を紹介する前に、私は上野さんの本を読んでいて、以前から私がちょっと共感しきれないところがありまして、それは何だろうと私なりに考えたので書かせていただきます。

 それは、申し訳ないですが、世代間のギャップであり、生まれた時代の違いだと私は結論づけました。

 私は平成生まれです。私が社会人になるころには、女性の上司がゴロゴロいらっしゃいましたし、男性の方が女性より仕事ができると思ったこともありません。(いまでも残る理不尽な制度を見ると、時代遅れだと思います。)

 もっというと、私が福祉を学びだした大学生のころには、介護保険制度は世の中に定着していましたし、家の近所に老人ホームがにょこにょこ出来ていました。自宅で家族が介護することが、私には「一般的」ではありません。

 もっともっというと、孤独死という言葉で私が連想するのは中年の方で、イメージとしては「引きこもり」や「セルフネグレクト」といった言葉が近いものです。

 その後、福祉の道を歩み、多くの方を目にしてきたこともあるからか、高齢者の方の一人暮らしや、そのまま他界されるということについて、「珍しい」とも「かわいそう」とも思っていませんでした。

 その意味では、上野さんが「孤独死」のマイナスイメージを払拭したいということが執筆動機の一つであるとの記載がありますが、私には、そのイメージがないのです。

 むしろ、自分で福祉の相談員をしておきながら、「いまの高齢者の方々は、世代的に日本のいい時代も経験し(バブルとか楽しそうだな~)、年金も退職金もそれなりにもらえて(私たちのころは大丈夫でしょうかね)、介護保険制度もそれなりに固まっていて(少なくともいまの高齢者の方々がご存命の間は崩壊しなさそうで)、一人暮らしになったら、役所に登録してもらえて地域包括支援センターや、民生委員さんに見守ってもらえる。いいなぁ。」と思ったこともあるくらいです。

 それが、私が上野さんの本を読んでたまに感じる違和感とも言えるものの正体であると感じました。

 その違和感の正体は、世代間の「常識」とでも言いましょか。

 そして、改めて、いまの私の「常識」は、多くの先人たちが切り開いた道の上にあるものであり、上野さんはその偉大な先人の代表格であることを再認識し、やっぱりすごいものだなと感心してしまいました。     

内容を読んでみて

 この本での内容も、過去2冊と同様に、家で1人で亡くなることが「できる」ということを事例や証拠を交えながら書いてくださっています。そしてまた、制度や状況の変化により、「難しい事ではない」ことや、「珍しい事でもない」ということを書いてくださっており、多くの方の励みになるのではないかと思います。

 また、「安楽死論争」についてや、「介護保険」の現状について、上野さんしか書けないのではないかと思う文章で、「社会学者」としての圧倒的な凄さを感じます。

 医療従事者として感じる「孤独死」については、先日ご紹介した医師の森田先生の本の方が詳しいと思えるところもありました。

 過去のブログのリンク → 第67回 「うらやましい孤独死」を読んで

 ただ、一冊を通じての「現在の日本社会を学ぶ」という意味での内容の重さ、深さは圧巻です。福祉や死というテーマを通じてですが、国民のだれもが迎える重要なテーマですし、社会の中の福祉というものの立ち位置のようなものを再度学ばせてくださってように思います。そういった意味では、「社会福祉士」として働く自分に「襟を正す」機会をくれた1冊のようにも思います。

この場を通じて感謝を伝えたい

 本の中に、この場を通じて感謝を伝えたいと思うようなところが2か所あったので、そこに関して書きたいと思います。

 まずは、1章丸々使って書いてくださっていよるほど、介護保険は改悪を繰り返しています。

 いや、局所的に見れば、改善されているところもあるかもしれません。それでも、現場からみれば定期的に変わること自体が煩わしいです。それに、なにより「予算を減らしたい」ということは誰の目からも明らかで、予算減らすために工夫を3年ごとに考えているイメージです。被虐胎児とは、よく言ったものです。

 考えれば、多くの制度が鳴り物入りで開始し、予算が厳しくなり、縮小していくのは、制度のよくある形ではありそうです。私はお恥ずかしい話ですが、「改悪するもの」だと思ってしまっているところがありました。ところが、上野さんはしっかりと介護保険を守るために動いていて、情報を発信されているのです。本当にありがたいことだと思います。

 岩波書店から出版されている本も、近いうちに紹介したいと思います。

 もう一つ、感謝を述べたいことが、この本の200ページにある一文です。「日本ではソーシャルワーカーの社会的認知も報酬も低く、MSWの仕事は医療保険に反映されません。困ったものです。」(原文のまま)という文章。

 MSWの地位の低さに、上野さんがコメントしてくださること。これも本当にありがたいことです。私も、少しでもMSWの認知などを広めたいと思っているので、とてもうれしく思いました。

おわりに

 この本をしばらく読んで、まず思ったことは「上野さん、ちょっと文章優しくなった?」という感想です。過去の2冊も読んでいただければわかりますが、医療従事者や福祉関係者が、ちょっとうやむやにしていたところをしっかり書かれていたり、目を背けたい現実をしっかりお伝えになるので、今回紹介した本は、かなり優しいと感じました。

 また、この本の中で、「別れと感謝は機会があるごとに伝えておけばよい」というお言葉がありましたが、全くその通りだと思います。声を大にして賛同したいです。

 MSWとして関わる方にも、たまに、法事や終末期のお見舞いばかり重んじる方にお会いしますが、なぜお元気のうちにその気持ちを伝えてあげないのかと思います。

 とくに、私はいまは終末期を支援する療養型病院でMSWをしているのですが、「新型コロナウイルス感染症」の予防のために面会ができないため、入院したが最後、タイミングが合わなければ2度と生きてお会いできないということもあります。

 終末期に立ち会いたいというご家族の願いを否定する気はまったくありませんが、それはあくまでご家族の思いです。ご本人がどう思っているかは伺いようがありません。

 療養病院にはいってから会うのではなく、もっと頻繁にご家族に会う時間を作り、動けなくなる前に素敵な思い出をたくさん作って、お話ができるうちに感謝を伝え、「急にありがとうなんて、どうしたの。変なものでも食べた?」なんて、冗談を言い合っていただきたいなと思います。

(※私も若くして父を無くしているので、その時に関するブログも、リンクを貼らせていただきます。→ 第48回 エピソード0【MSWになったきっかけ?】

以上、MSW(医療ソーシャルワーカー、社会福祉士)ヒナタザウルスのブログでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。  

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